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2014年2月6日木曜日

身体の部位が登場するフランスの諺

Douce France(ドゥース・フランス)フランス語会話個人・グループレッスンで、語彙を豊かにするため、身体の部位の名称の発音練習をしました。頭、鼻、耳、口、目、喉、肩、胸、手、指、足、腹、背中など、日常生活で良く登場する単語です。これらの身体の部位は諺や表現にもよく用いられています。

フランスの諺について、以前このブログでは動物編生物編愛編、そして国民性が良く表れているものについてご紹介したことがあります。今日は、身体の部位が登場するフランスの諺についていくつか書いてみたいと思います。

 
Loin des yeux, loin du cœur. 
「目から遠くに、心から遠くに。」
 
愛する人が目の前から居なくなり会えなくなると、愛情が薄れて行ってしまうという意味です。この諺で、フランス映画「シェルブールの雨傘」を思い出しました。自動車整備工の恋人が兵役を務めることになり、離れ離れとなってしまい、だんだんと手紙が途絶えがちとなり、しまいには宝石商に見初められて結婚してしまう「シェルブールの雨傘店」の美しい娘役がカトリーヌ・ドヌーヴでした。 
ちなみに、私たちの暮らしていた隣町のシェルブール市には、この映画にちなんでできた雨傘の店があります。
 
 
Oeil pour œil, dent pour dent.
「目には目で、歯には歯で。」
 
こちらも目が登場します。単数だと"un œil" (アンヌイユ)、複数になると"des yeux" (デジュ)となるのが目という単語のちょっとややこしいところです。この諺はハンムラビ法典に記述されているそうです。この法典の碑をルーヴル美術館で見かけたような記憶があります。

この諺は時折「目には目を、歯には歯を。」という訳と共に、目をやられたら相手の目を、歯を折られたら相手の歯をと、復習を煽り立てるように解釈されることがありますが、本来の意味は違うそうです。被害者が受けた害と同等の害を加害者にも与えるという同害報復の言葉だそうで、際限のない復習に歯止めをかける意図なのだそうです。
 
 
Ventre affamé n'a point d'oreilles. 
「空腹は耳を持たない。」
 
おなかが空いている人に向かって、何を言ってても無駄であるという意味です。確かにそうですね。私の場合は特にそうかもしれません。まさに今、そろそろそんな時間帯です。
 
また近いうちに、今度は身体の部位を用いた面白い表現についても書いてみたいと思う、木曜日の夕方であります。
 
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2013年10月20日日曜日

国民性が良く表れているフランスの諺

先月このブログで「動物が登場するフランスの諺」「生物が登場するフランスの諺」「愛が登場するフランスの諺」について、それぞれ書いてみました。いにしえびとによる教訓や風刺が凝縮された諺に、なるほど言い得て妙と感心したり、時には吹き出してしまったり。日本の諺同様、フランスにも数え切れない程の諺があります。今回は、私があくまでも個人的に、「フランスの国民性が良く表れている諺だなぁ。」と感じるものを、いくつかご紹介したいと思います。

 
Impossible n'est pas français.
「不可能という言葉はフランス語にはない。」

フランス人は何かが不可能だとは考えないというわけです。かのナポレンがよく口にした言葉で、「余の辞書に不可能の文字はない。」として知られているようです。

フランス人は人から何か言われるとよく、即座に「ノン!(いいえ!)」と言います。ところが、自分が望んだり、実現させたいと思うことに関してはいつも「ウィ!(はい!)」です。事前にいろいろと考えず、突き進みます。頭で判断して諦めず、とりあえず行動してみて、困難に思えたことも可能にしてしまう傾向がある気がします。そのためには多少他人に迷惑をかけようと、あまり気にしません。私なら、他人に迷惑をかけたり、面倒なことになる位であれば、もう無理と諦めてしまうところですが、そんな日本人を「なぜ?」と不思議に思う様です。


C'est en forgeant qu'on devient forgeron.
「鉄を鍛えながらこそ、人は鍛冶屋になる。」
 
日本の諺の「習うより慣れろ。」と同じことですね。理屈をこねるのが大好きなフランス人ですが、理論だけではなく実践が必要であるということを、鍛冶屋に例えて語り伝えて来たようです。

フランスには「国家最優秀職人賞」という称号があり、高度な技術を持つ職人にその名誉が与えられるそうです。日本で有名なのは料理・パティスリー部門ですが、工芸、セメント、石、メタル、配管、ボイラー、壁紙など、その数は約180職種ほどもあるそうです。

こちらのジョエルさんも、そんな名誉ある国家最優秀職人賞を受賞したアーチストだそうですよ。


鍛冶屋の3代目だそうです。ジョエルさんにとってこの諺は、まさに真実であることでしょう。

 
Il faut tourner sa langue sept fois dans sa bouche avant de parler.
「喋る前に、口の中で舌を7度回さなければならぬ。」
 
フランス人はとてもお喋りな人が多いです。フランス人が数人集まって話をしているのを見ていると、とても愉快ですよ。他の人が話していても、途中で平気でさえぎって、自分が言いたい事を話します。さえぎられた人も別に気を悪くするわけでなく、また構わず話し始めるといった具合です。わぁわぁと議論が盛り上がっている様に見えて、実は誰も他の人の話を聞かず、各自が自分の言いたいことを喋っているだけということが良くあります。「こう言ったら相手はどんな風に感じるだろうか。」とはあまり考えないようです。頭で考える前に口が先に喋っているといった具合です。日本でも「口は災いの元」と言いますね。「よく考えてから話しなさい。」という意味で、舌を7度回すようにと伝えるこの諺には笑ってしまいました。
 
 
Il faut laver son linge sale en famille.
「汚れた洗濯物は家族で洗わねばならぬ。」
 
「身内のごたごたは他人に見せるべからず。」という意味です。フランスでは、家族内での揉め事や諍い、子供の教育問題、家族兄弟との遺産相続問題などといった「身内のごたごた」で悩む人がたくさん居ます。他人であっても、とても親しい友達であれば話を聞いてもらったり、相談したりするのは理解できますが、親しくもないような人に何でも喋ってしまう人が結構居るのですよ。私も、初対面の人から家族の遺産問題について話を聞かされ、どう応じて良いのやら、困ってしまったことがあります。
 
さて、今回の「国民性が良く表れているフランスの諺」編はいかがでしたでしょうか。また機会を見て、その他の諺についてもご紹介できたらと思う、雨のそぼ降る日曜日の午後です。
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2013年9月20日金曜日

愛が登場するフランスの諺

今月、こちらで「動物が登場するフランスの諺」を、そしてこちらでは「生物が登場するフランスの諺」をご紹介しました。今日は「愛が登場するフランスの諺」について書いてみたいと思います。

 
Heureux au jeu, malheureux en amour.
「博打で幸運、恋愛で不運。」
 
博打で幸運を使うと、恋愛の運はなくなるということだそうです。博打と恋愛、両方の運は一度に手に入るものではないという意味もあるそうです。
 
私が博打で思い浮かべるのは宝くじくらいなものです。フランスにも、日本のように様々なスクラッチくじがあります。私たちもたまに、運試しに一枚1ユーロか2ユーロくらいのものを買い、カフェで擦ってはがっかりしたものです。
 
ユーロミリオンズという、一攫千金を狙う欧州くじもあります。1から50までの数字を5つ、1から9までの数字を2つ自分で選んでマークシートに記入するというもので、当選者が居ないと繰越となり、獲得賞金がどんどんふくらんで行きます。フランス宝くじ公社の発表によると、今年の7月に2200万ユーロ(約28億6千万円)を獲得したフランス人男性が居るそうですよ。
 
ちなみに、フランスでは宝くじを買うのに年齢制限があり、16歳未満は買うことも換金することもできません。日本では年齢に関係なく購入できるように記憶しています。フランスの方に年齢制限があるのがちょっと意外な感じです。
 
 
Mains froides, coeur chaud.
「手が冷たいと心は温かい。」
 
文字通り、手が冷たい人は愛情に溢れ、心が温かいという意味です。日本でも言いますね。人は見かけによらないという意味も含んでいるようです。
 
フランス人によく、私の手や頬はとても冷たいと言われたものです。それもそのはず、欧米人と日本人の平熱は違うのです。フランス人の平熱は37度だそうなので驚きます。
 
 
Qui aime bien châtie bien.
「十分に愛しているのであれば、十分に厳しく。」
 
愛する子供や若者たちを立派に成長させようとするのであれば、厳しい経験を積ませるべきであるという意味だそうです。日本で言う「かわいい子には旅をさせよ」ですね。
 
これで思うのは、フランスの学校の先生のことです。フィリップが子供の頃には、先生は絶対的な存在で、悪いことをすると先生に耳をひっぱられたり、立てた定規の上に膝をついて座らせられたり、厳しく罰せられたそうです。今では先生が生徒に手を上げることは一切禁じられおり、このようなことはありません。
 
 
En amour trop n'est même pas assez.
「どんなにたくさん愛しても、愛しすぎということはない。」
 
愛情表現の豊かなフランスらしい諺だと思いませんか?人はどんなに愛されても十分な気がしない、という意味も含まれているようです。これは、ボーマルシェの戯曲「フィガロの結婚」の中で、フィガロがスザンナに言うフレーズだそうです。
 
フランスでは、日常会話でこの"trop"(あまりに~過ぎる)という副詞がよく登場しました。フィリップに日本語で"trop"を教えたところ、この夏八戸で、「アツスギル、アツスギル」とよく言っていましたよ。
 
 
Qui m'aime, aime mon chien.
「私を愛する人は、私の犬をも愛してくれる。」
 
人を愛すれば、その人の持つなにもかもを愛するという意味だそうです。日本の諺「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と対をなすとも考えることができそうです。この諺で、例に挙がった「私のもの」がなぜ犬なのだろうという素朴な疑問を持ち、フランスのサイトをいろいろ検索しました。残念ながらまだわからないのですが、見ていて「私の犬が私を愛してくれない」「あなたの犬に愛されるために」などというフォーラムやHPが多いのに驚きました。愛する人が自分の犬を愛してくれても、その犬に愛されないのではちょっと寂しいですね。
 
愛に関する諺で私が好きなのは「愛してその悪を知り、憎みてその善を知る。」です。愛憎にかかわらず冷静に物事を判断するという意味ですね。簡単そうでなかなかできないことではないかと思います。
 
昨日二階のベランダから見た中秋の名月を思い出し、うっとりとする朝です。
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2013年9月15日日曜日

生物が登場するフランスの諺

先日こちらで、猫、犬、ロバ、牛などの動物が登場するフランスの諺を紹介しました。今日は、生物が登場する諺をいくつかご紹介したいと思います。


 
La bave du crapaud n'atteint pas la blanche colombe.
「ヒキガエルの唾は白鳩には届かぬ。」

悪口雑言を言われたことによって、言われた人の価値が下がるわけではないという意味だそうです。本当にそうですね。

日本では平和の象徴である白鳩ですが、フランスでは平和、純真だけでなく、精霊の象徴でもあるそうです。そういえば、白鳩は宗教画によく登場しています。ヒキガエルの方はフランスでも嫌われ者のようで、醜い人を表現するときに出てきたりします。でも、おとぎ話の中では、ヒキガエルにキスをすると、魔法が解けて王子様に変身することになっています。フィリップがよく、ヒキガエルを見つけて大騒ぎをする娘たちを「キスしてごらんよ、王子様に変わるかもしれないよ。」とからかい、大層顰蹙を買ったものでした。

 
Une hirondelle ne fait pas le printemps.
「一羽のツバメが春をもたらすのではない。」
 
何かを本当だと証明するためには、多くの証拠が必要であるということだそうです。良い知らせでも、よく確かめないうちには喜ばないほうが良いという意味もあるそうです。個人的に、ちょっと耳が痛い諺です。
 
また、"hirondelle"(ツバメ)という単語は、昔、自転車に乗った巡査の愛称だったそうです。
長いマントが確かにツバメのように見えます。果たして当時の巡査たちが、ツバメのように早く走り回っていたかどうかは疑問です。
 
もう一つ、鳥が登場する諺をご紹介します。
 

 



Faute de grives, on mange des merles.
「つぐみがなければ、黒歌鳥を食べる。」
 
希望するものが得られなければ、得られるもので満足するしかないという意味ですね。フランスの食材がなかなか見つからないと、八戸で嘆くフィリップに聞かせたい諺です。
 
この黒歌鳥の写真の方は、ノルマンディの自宅で撮ったものです。こちらを警戒しながら、あちこちぴょんぴょんと移動して庭の芝生をつつくのですが、時々このようにじっと動かなくなることがありました。まるで、黒歌鳥が何か考え事でもしているかのように見え、面白がって見ていたものです。
 
最後にご紹介するのは、植物が登場するフランスの諺です。
 
 
Mauvaise herbe croît toujours.
「雑草は絶えず増える。」
 
悪餓鬼ほど背が伸びるのが早いという意味だそうです。日本で言う「うどの大木」でしょうか。やたらと縦に成長してしまった私にとって、これもまた耳の痛い諺です。憎まれる者ほど世間で幅をきかせるという意味としても使われるそうですが、それなら日本にも「憎まれっ子世に憚る。」という諺がありますね。
 
やはり日本の諺と重なるものが多いですが、実生活から生まれた、言い得て妙なフランスの諺はなかなか興味深いと思います。まだまだありますが、次回は「愛」が登場する諺をご紹介できたらと思います。
 
雨に濡れる庭の雑草を眺めながら、確かに絶えず増えるとため息をつく朝であります。 
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2013年9月10日火曜日

動物が登場するフランスの諺

昨日、レヴィ岬遊歩道の思い出の中で、ロバ、馬、牛、羊などの動物を使ったフランス語表現について、少し触れました。調べてみると、フランスにも、動物が登場する諺が結構あります。その中からほんの少し、みなさんにご紹介してみたいと思います。


Quand le chat n'est pas là, les souris dansent.
「猫が居ないときは、ねずみたちが踊る。」 

怖い人やうるさい人が居ない間に、くつろいで息抜きすることを言う、日本の諺「鬼の居ぬ間に洗濯」と同じですね。英語にも同様の「「猫が居ないとき、ねずみが遊ぶ」という諺があるようです。
でも、フランス人の場合、ねずみたちは、猫が居ようと居まいと踊っている気がします。

怖い人やうるさい人にたとえられてしまった猫ですが、その猫が登場する諺がこちらです。

Chat échaudé craint l'eau froide.
「やけどをした猫は、冷たい水を恐れる。」
 
 

これはまさに、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く。」ですね。
 
日本の諺同様に、フランスにも猫や犬を使った諺がたくさんあるようです。
 

 
Les chiens aboient, la caravane passe.
「犬は吠えるが、キャラバンは進む。」
 
キャラバンというのは商隊、つまり砂漠地方などで隊を組んで旅する商人の一団のことを指すのだそうです。脇から批判・中傷する人々のことは気にせず、自信を持って自分の道を歩みなさいということなのだそうです。
 
もう一つ、吠える犬が登場する諺がありました。
 
Chien qui aboie ne mord pas.
「吠える犬は噛まない。」
 
脅し文句を言ったり、騒ぎ立てたりする人のことは、あまり恐れる必要がないという意味ですね。 日本でも同じ様なことを言いますね。
 
次は、ちょっと笑ってしまうロバの諺です。
 
 
Chantez à l'âne, il vous fera des pets.
「ロバに歌え、ロバはあなたに屁をするだろう。」
 
教養のない粗野な人にお世辞や心地の良い言葉を投げかけても、汚い言葉や不快な態度しかかえってこないものだという意味だそうです。頑固者や粗野な人にたとえられてしまうロバが、ちょっと可哀相な気がします。
 
次は牛の登場です。
 
 
Qui vole un œuf, vole un bœuf.
「卵を盗んだら、牛を盗む日も来る。」
 
日本の諺「小悪をなすものは大悪をなす」ですね。それにしても、牛を盗むのは結構大変そうですよ。
 
まだまだありますが、切りがないので最後にもう一つだけ。これは諺ではなく、単なる言い回しのようです。
 
Ménager la chèvre et le chou.
「山羊とキャベツの両方に気を配る。」
 
仲裁は両方を満足させなければならないという意味だそうです。もし山羊をキャベツの前に放っておけばキャベツは食べられてしまいます。キャベツを残したければ、山羊とキャベツ両方の世話をしなくてはいけないということだそうです。EU最大の農業国らしい諺ですね。
掲載しようと山羊の写真を探していて、フランスのあるサイトでこんな写真に出合いました。
 
 
この山羊につられて笑いながら、山羊のチーズが食べたいなぁなどと思う朝であります。
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